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あなたはどんな人ですか?

 

 

今の自分はどんな自分ですか?

 

自分のことを自分でどんな人だと認識していますか?

 

 

・明るくて優しい自分が大好き

・本当はずるくて陰気

・みんなと一緒にいることが大好きなようで実は苦手

・私は正しさや正義が大好き

・チョコレートが好き、コーヒーが好き

・今の仕事で満足している

 

 

そんないろんな自分の認識している自分

 

 

本当でしょうか?

 

 

いや、本当に決まってんでしょ?

本人が言ってるんだから

 

 

 

本当でしょうか?

 

 

 

 

全てに(はず)をつけてみましょう

 

 

・明るくて優しい自分が大好きなはず

・本当はずるくて陰気なはず

・みんなと一緒にいることが大好きなようで実は苦手なはず

・私は正しさや正義が大好きなはず

・チョコレートが好き、コーヒーが好きなはず

・今の仕事で満足しているはず

 

 

本当かな???

 

って気がしてきましたね

 

 

 

私という人間は

 

意識から作られている

 

 

・明るくて優しい自分が大好きでありたい。からそうふるまっているけど実はしんどい、嫌なことだってたくさんある

・本当はずるくて陰気な自分がいることに気づいてしまったから、嫌われないうちに人との距離を取るために、人と仲良くならないように自分に何度もそう言い聞かせている

・みんなと一緒にいることが大好きなようで実は苦手なはず。けど正直一人は寂しい、人に嫌われたくない

・私は正しさや正義が大好きなはずだから自分にも人にも厳しい自分を正当化したい。けど本当は人をジャッジしているイライラしている自分が嫌かも

・チョコレートが好き、コーヒーが好きなはず。だから『痩せる』とか毎日食べても良い理由を自分にとって都合の良い情報を探して本当は中毒的に欲してしまう自分を納得させている

・今の仕事で満足しているはず。と思い込むことで辛い気持ち、本当にこれで満足してるのかなという疑問符は自分の奥底にしまっている

 

 

 

 

 

私はこういう人間なの!

 

それはあなたにとっての『盾』であったりする

 

 

 

 

本当に優しい人って自分のこと優しいとも思ってないし

 

本当に今の仕事で満足している人はわざわざそう言わない

 

 

 

 

だって、【あたりまえ】だから

 

 

 

 

 

わざわざ言いたくなる

 

 

わざわざ自分にラベリングしたいのは

 

 

その盾の後ろに隠したい自分がいるから

 

 

 

 

 

この世の事象には必ず陰陽がある

 

 

 

好きが生まれるのは

 

嫌いがあるから

 

 

 

あなたの好きは

 

どんな嫌いを含んでいますか?

 

 

 

その嫌いさえも自分の一部として受け止めた時に

 

好きがなくても

 

盾がなくても歩ける

 

重い盾を置いたからこそ軽やかに進める自分になれるかもしれませんね♪

 

 

 

 

八百万の神がいるのだから

 

八百万の自分がいていい

 

 

それがどれが悪くてどれが良くて

 

どれが嫌われてどれが好かれる

 

なんてジャッジするのは

 

いつでも他人ではなく自分なんだと思う